« Let it snow ! | トップページ | e-mail from US »

悲しい出来事

地震の瞬間、仕事場が地下にもかかわらずかなりの揺れを感じた。西宮在住時、阪神大震災を体験したが、あのときの揺れとは異なる振れ幅の大きさに驚く。揺れる最中に我が家にすかざず連絡すると、揺れたとたんに停電したとのこと。

ずっとTBSのストリーム画像を見ていて津波の恐ろしさを知る。それにしても、その画像の横に次々と投稿されるTwitterのくだらん書き込みや、人々の不安を煽るデマには無性に腹が立つ。何と言うバカの多さ。悲しいねー。

青山学院の記念館には帰宅できない学生や近隣の人々が避難に集まっていて、会社の学食担当が炊き出しを行う。「ありったけの米を炊け!」という社長の指示に、当然のことなのだが感動を覚える。

会社待機の指示もあり、帰宅難民となったが深夜に電車が動き出し、大渋滞の青山通りを渋谷駅まで歩く。駅は入場制限をしていたが20分ほどでホームに誘導されて超満員の電車に乗り込み、何とか我が家に着いたのが午前1時前。会社や避難所に泊まらざるを得なかった人たちも多く、そんな中で家に辿り着けたのだから恵まれている。

東北は両親の出身地。親戚の安否はどうなのか、親父・お袋の心痛はいかにという心境。仙台のいづみやは大丈夫なんだろうか?

PS. 12日夜、BSR編集部に仙台の佐々木健一氏から「無事だ」と連絡が入ったとのこと。良かった。そして被災された方々の復興をただ祈るばかり。

|

« Let it snow ! | トップページ | e-mail from US »

コメント

大変な事になってます。TVを観るたびに居た堪れなく悲しくなります。現実を受け止め今自分に出来る事をするつもりです。昨日スーパーに行ったのですが、買いだめをする人が多いのに驚きました。自分の事よりまず被災者をと教えられて育った僕たちには理解に苦しみます。みんな災害地に送っちゃえばいいのに。東京に居たら1か月位米だけで生きていけますよね。早く家族に会えて落ち着ける事を祈ります。

投稿: S.S.o竹 | 2011年3月15日 (火) 12時25分

>o竹社長

 TVを見ていると泣けてきます。レポーターの無粋なインタビューにも腹が立つ。ひどい。「希望」だの「前向き」だのという言葉さえも白々しく聞こえるほどの惨事に心痛みます。

投稿: booney | 2011年3月15日 (火) 22時51分

自分の住んでいる地域は、昨日になって電気が復旧しました。しかし、5~6kmほど東部の地域は、津波によって壊滅してしまいました。気仙沼、志津川(南三陸)、女川や牡鹿、石巻、鳴瀬に矢本(東松島)、多賀城、名取に岩沼に亘理にと、自分が釣りやその他でなじみ深かった地域が、ああまで津波によって壊滅してしまうとは…… 自分も多賀城近辺の状況を見てきましたが、この世のものとは思えない無惨な光景が広がっていました。

それでも、普段は知らぬ存ぜぬの見知らぬ人々どうしが、買い物や情報交換などで協力し合っている姿を見たり、自分も実際にそういう人の思いに触れるにつけ、まだ人々の優しさはこの世から消えてはいないのだな、と感じます。今は、一刻も早く被災地の復興が進むことを願ってやみません。

投稿: Almost Prayed | 2011年3月18日 (金) 12時57分

>Almost Prayedさん
 仙台在住でしたね。ご無事で何よりです。この地震、ご実家の栗原近辺が最も高い震度であったと記憶しています。栗駒山の地震から3年が経とうとしていますが、またもや無情の震災に心が痛みます。いづみやの健一氏と電話で話をしたのが確か15日でした。幸いにそのときは電気も回復したと聞きましたが、市内も地域によって大きなダメージを受けたとも耳にしました。

 阪神大震災のとき、レコード、CD、本が崩れて山のようになった部屋を眺め、「何の役にも立たないもの」と呆然自失になった記憶があります。その後も暫くはあまりの惨状に音楽を聞く意欲も失せた時期がありました。今回被災を受けた音楽ファンも同じ気持ちではないかと思います。愛する一曲に心を通わせる日が早く来ることをただ願うばかりです。 

投稿: booney | 2011年3月20日 (日) 10時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« Let it snow ! | トップページ | e-mail from US »